2018年10月10日

「禁止」の構造

 マンションのペット問題を考えるときに、ペットの飼育は何故禁止なのか、なぜ禁止しても守られない規則なのか検討する必要がある。誰でも人の生活を制限するようなルールを作ることは気持の良いものではない。できれば避けたいと思っている。
 厭な思いを押して禁止ルールを作るには、ペットが好きな人からは理解できない動機があるはずだ。また、ペットの好きな人から見ると、飼育禁止に動く人は心の狭い人に見えてしまう。生活ルールは禁止が少ないほど快適な生活が保証されることは誰でも知っているし、禁止ルールを作らずに円満な人間関係を作ることが理想的なことも理解している。飼育に反対の人も最初から否定の立場にたたず、禁止ルールを作らずにマンション生活が可能かどうか検討する必要があります。それにはまず「禁止ルールを無視してペットを飼う」ということを分解して、賛成、反対の立場から検討しなくてはいけない。
「禁止」にもいろんな種類がある。まず分譲と賃貸だが、世界的な傾向として自分の所有する住宅でペットの飼育が自由にならない国は少数である。賃貸の場合はまちまちだが、基本的にはルールを作り許可が大勢である。
ここでちょっと面白いのは、欧米と工業化の進んでいないアジアの国がペット飼育におおらかなことだ。しかしこれは結果が同じということで、含んでいる意味は大きく違う。欧米がペットと暮らすのは当然の権利と考えているのに比べ、アジアの国はペットとしての存在感が薄く無関心なだけ。工業化が進んでいないアジアの国も、工業化が進み都市に人口が集中しペットとしての意識が高まると、集合住宅での飼育が禁止される方向になってしまうようだ。
posted by IT難民 at 06:04| 東京 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする